宗派

宗派の歴史

ご住職!宗派って何ですか?

フムフム、今日は、宗派に関してじゃな。

日本に仏教が伝来し、飛鳥・奈良時代になると、次第に仏教が浸透するようになり、それぞれの経典きょうてん論書ろんしょにもとづき、宗派しゅうはを形成していくようになるんじゃ。
奈良時代の仏教は、経典や論書の研究が中心であり、三論宗さんろんしゅう法相宗ほっそうしゅう華厳宗けごんしゅう律宗りっしゅう倶舎宗くしゃしゅう成実宗じょうじつしゅう、と呼ばれる宗派に代表されるんじゃ。いわゆる南都六宗なんとろくしゅうと呼ばれる宗派じゃのぉ。

みやこが京都にうつり、平安時代になると、とう(中国)より新しい宗派が伝えられるんじゃ。
最澄さいちょうは、唐で天台宗てんだいしゅうを学び、帰国後、比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじを建立して、日本に天台宗てんだいしゅうを開くぞ。

遣唐使(イメージ)

また空海くうかいは唐で密教みっきょうを学び帰国後、高野山こうやさん金剛峰寺こんごうぶじを建立し、真言宗しんごんしゅうを開いた。
これらの宗派は、学問的な研究が中心であった奈良時代の仏教とは異なり、祈祷きとうが中心であり、祈祷仏教とも呼ばれておるんじゃ。
平安時代になると、中期から末期にかけて、浄土じょうどへの信仰が次第に強くなっていくんじゃ。

鎌倉時代になると、法然ほうねん浄土宗じょうどしゅうを開き、親鸞しんらん浄土真宗じょうどしんしゅうを開き、一遍いっぺん時宗じしゅうを開くぞ。
その一方で、坐禅ざぜんへの関心も強くなったんじゃ。
栄西えいさいは、そう(中国)へ渡り、臨済宗りんざいしゅうの坐禅を学び、帰国後、京都に建仁寺けんにんじを建立し、日本に臨済宗りんざいしゅうを開くんじゃ。
その後、道元どうげんも宋へ渡り、曹洞宗そうとうしゅうの坐禅を学び、帰国後、越前えちぜん(福井県)に永平寺えいへいじを建立し、日本に曹洞宗そうとうしゅうを開いた。
これらの宗派は、坐禅を強調するところから、禅宗ぜんしゅうとも呼ばれておるぞ。

またこのころ、『法華経ほっけきょう』への信仰も根強く受け継がれていくんじゃ。
日蓮にちれんは強く『法華経』を信仰し、その題目を唱え新たな宗派を開く!これが日蓮宗にちれんしゅうじゃな。
その後、江戸時代になると隠元いんげんみん(中国)より来日し、京都宇治うじ万福寺まんぷくじを建立し黄檗宗おうばくしゅうを開く。
また天台宗の融通念仏ゆうずうねんぶつ派は、融通念仏宗ゆうずうねんぶつしゅうとして独立したのじゃ。

今日の宗派

京都宇治 万福寺(黄檗宗大本山)

今日、日本の仏教は、宗派の数も多くなっておるが、天台宗、真言宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、融通念仏宗、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗、日蓮宗、律宗、華厳宗、法相宗などの伝統的な宗派を、日本仏教十三宗にほんぶっきょうじゅうさんしゅうとして紹介することがあるぞ。
また、それぞれの派を加え、十三宗五十六派じゅうさんしゅうごじゅうろっぱとして紹介することもあるんじゃ。

奥が深すぎますね(合掌)